WEB TCA TIMES  98年8月号より


長野オリンピック万歳 !!  (社)日本カーリング協会事務局長 伊藤 章
早いもので、あの長野オリンピックから3か月余が過ぎました。現在、私は渋谷の岸記念体育館の中にあるJCAの事務所で、その残務整理と平成10年度(今シーズン)の準備をしています。さすがに肉体的な疲れはとれましたが、精神的には、オリンピックの反動といいますか、極度の集中(緊張)のあとの弛緩状態にあります。
この6年間、JCAの事務局長として、長野オリンピックで初めて正式競技となるカーリング競技を是が非でも成功させる、という一点に絞って物事を押し進めてきたわけですが、結果が"吉"と出て、本当にこれまで頑張ってきた甲斐がありました。カーリング協会関係者、一般ボランティア、軽井沢・NAOC・スポンサーの皆様等数えきれないほど多くの方が係わった"愛と参加"のビックイベントでした。1人1人が力を合わせたときのパワーの凄さ。オリンピック期間中私は競技会場やゲストハウスで毎日のように万歳を繰り返していました。
長野オリンピックで"市民権"を得たカーリングを、どのように普及発展させていくのか。それともう1つ、私もカーラー(プレイヤー)に復帰しようと思っています。最後に、このオリンピックをご支援、ご声援下さったすべての方に、心より御礼を申し上げる次第であります。
2度目のオリンピック 金内紀子
私は幸運なことに今回で2回のオリンピックを体験しました。札幌オリンピックは観客の1人として、そして今回は競技役員として。選手誘導係として競技会場の後方で選手達の試合前の緊張した顔、試合後の勝利の顔、悔しい顔、リラックスした顔を間近にのぞくことができました。又オリンピックのような大きな大会でも成功させるには一人一人の小さな力が土台となり、作りあげていかなければならないということを肌で感じました。もっと英語を勉強しておくのだったとここでも反省しています。日本対米国のタイブレークの盛り上がりが、マイナーなスポーツからメジャーなスポーツとなり東京にも是非カーリング場という世論がおきないかなぁ、と夢みています。私がカーリングを始めた16年前には思いもしなかったオリンピックが来たのですから、夢を見続けることが、実現する第一歩だと思います。
1998NAGANO 佐藤成子
オリンピックにボランティアとして参加。タイミング審判、馴染みのないポジションだ。参加できる嬉しさより、正直不安の方が大きい。1年前のプレオリンピックでの練習(とは言ってもW.J.C,C.の本番である。)昨日のこともおぼつかないのに1年前の事!?
とんでもない!?・…と前置きの長いスタートとなったが「あっ」という間に感動の嵐にのみ込まれ、気づいた時には夢の後片付けをしていた。
この祭典の中で一番 楽しかった事:毎日リンクに出勤したこと・・…ン?
つらかった事:思い浮かばない。疲労の上に重なる疲労、その中での審判も、過去となった今、あの緊張感がたまらない…・・。
悲しかったこと:某国の一部の人のマナーの悪さ。ひどいのはアイスメーカーに挨拶に行かない上に、アイスコンディション を教えないと、逆に怒っている。アイスコンディションは自分で読み取れ!とはスタッフの声。
嬉しかったこと:20年前、東京で始めた当時のメンバーの顔・顔(ちょっと涙が)そして男子の思いがけない大活躍
(ごめんなさい)でも大興奮
長野オリンピックは幕を閉じたが、日本のカーリングはこれからである。男子のスキップ敦賀信人はまだ21才。(今回の最年長は39才)この後4〜5回はオリンピックが巡ってくる計算。どのような経験を積み、チームメイトをどうやって育てるのか、そして追いつけ追い越せの次のカーラー達。最大の楽しみである。